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広島地方裁判所 昭和60年(行ウ)17号 判決

原告

大手町産業株式会社

右代表者代表取締役

重岡貴志男

右同

重岡智華子

右訴訟代理人弁護士

沖本文明

被告

広島市固定資産評価審査委員会

右代表者委員長

椎木緑司

右訴訟代理人弁護士

上田泰直

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告が別紙物件目録記載の建物に係る昭和六〇年度固定資産評価額及び課税標準額についてした不服審査の申出に対し、被告が昭和六〇年九月九日付でした原告の審査の申出を棄却する旨の決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2  広島市長は、本件建物について昭和六〇年度固定資産税の課税標準である価格を一億一〇八七万〇二〇〇円と決定した(以下「本件評価決定」という。)。

3  原告は、被告に対し、昭和六〇年四月三〇日付で、右決定につき審査の申出をしたが、被告は、昭和六〇年九月九日付で、右審査申出を棄却する旨の決定(以下「本件審査決定」という。)をし、右決定はそのころ原告に送達された。

4  しかし、以下に述べる事由により、本件審査決定は違法である。

(一) 固定資産評価基準の法的拘束力について

(1) 憲法九二、九四条は、地方公共団体の自治権の一内容として自治財政権を定め、これを受けて地方税法(以下「法」という。)三条は、「地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率、その他賦課徴収について定をするには、当該地方団体の条例によらなければならない」と規定しているところからすると、法三八八条一項により自治大臣が定める固定資産評価基準は、固定資産の評価という技術的、専門的、経費的な観点及び地方公共団体間の整合性という面を考慮して国の援助・協力を定めたものにすぎず、市町村長の固定資産価格決定に対する法的拘束力を有しない。

(2) 仮に右評価基準に法的拘束力を認めるとしても、極めて詳細で自治体の判断の余地を入れない現行の評価基準は憲法九二、九四条、法三条に違反する。

(3) 右評価基準は課税要件のうちの課税標準全部を自治大臣が作成し、地方自治体の裁量の余地がないので、委任立法の限界を越え、課税要件法定主義を定めた憲法八四条、法三条に違反する。

(4) また、「固定資産評価基準に基づき自治大臣が別に指示する事項について」と題する通達(昭和五三年自治固第一五八号及び昭和五九年自治固第一〇七号の各自治省税務局長通達。)は、法三八八条一項の要求する告示でなく法律の委任なくして課税標準を決めるものであり、憲法八四条、法三条に違反する。

したがって、右評価基準及び右通達のみに基づいてなされた本件建物の評価決定は違法である。

(二) 本件評価決定の違法について

本件建物は昭和五五年に建築された貸マンション、事務所、住居用のビルであるが、昭和五七年度の前回の評価の時点より三年の経過をみて古くなっている。また、本件建物の東、南側に一〇階建以上の高層ビルが建築されたことにより日照条件が悪化し、その結果家賃収入が減少し、本件建物自体の収益力、価値は低下している。広島市においては建築費も下降している。これらにより本件建物の評価は七〇〇〇万円が相当であるが、広島市は前回よりも高い一億二七八三万〇七二六円、但し据え置き措置により前回と同じ一億一〇八七万〇二〇〇円と評価額を決定した違法がある。

評価基準も「通常生ずる損耗(経過年数に応ずる補正)」のほか、「損耗の程度による評価損」と「需給事情による評価損」の二つを認めているが、広島市は右日照不良等による本件建物の価値の減少を全く考慮せず、減点補正をしなかった違法がある。

(三) 本件評価決定における手続違反

(1) 実地調査の実施について

法四〇八条は、市町村長に固定資産評価委員または固定資産評価補助委員をして、固定資産の状況を毎年少なくとも一回実地調査させることを義務づけている。そして、右調査の実施にあたっては、家屋に取り付けられて一体となっている物の評価のために、あるいは損耗の程度による減点補正率を考慮する前提として、評価対象である建物を詳しく調査する必要がある。しかるに、広島市は第一回の新築時のほか、この実地調査を全く怠っている。仮に行っていたとしても、単に建物の外部のみ、それも建物の大きな損壊、欠落の有無しか判断しない実地調査は、調査の実態をなさず、法四〇八条に違反する。

(2) また、法四〇九条四項は、評価員に対し評価調書の作成を義務づけているが、右評価調書も作成されていない。

(四) 口頭審理手続における違法

(1) 被告の河野書記(当時)が本件建物に関して作成し、口頭審理の際に評価委員に提示した資料(〈書証番号略〉)は、実地調査の必要性の判断並びに本件審査決定の基礎にされたが、右資料は口頭審理の正式な資料とされておらず、原告に提示されなかったので、原告は右資料に関する反論の機会が与えられなかった。法四三三条五項は原告を含む審査関係者に右資料を閲覧させなければならないことになっているが、これもしていない。

(2) 原告が収益力の低下に基づく建物の価値減少という具体的事実に関連する不服事由を述べていたのに被告は一回の審理で裁決まで終了し、実地調査も行わず、原告に充分な反論の機会を与えなかった。

以上に基づき、口頭審理及びこれに基づく本件審査決定には重大な違法がある。

(五) 以上、いずれの点からみても、本件審査決定は違法であるから、その取消しを求める。

二  本案前の主張

1  原告は被告に対し昭和六〇年一二月一二日本件建物についての昭和六〇年度の固定資産評価決定額を取消し、これを七〇〇〇万円に訂正することを求める訴えを提起した。

2  原告は昭和六一年五月一三日右請求を本件審査決定の取消しを求める訴えに交換的に変更する申立てをした。

3  しかし、旧請求に係る訴えは不適法な訴えとして却下を免れえないのであり、新請求がなされた時点で始めて適法な訴えが提起されたといえる。

4  したがって、出訴期間の遵守については、本件訴えは昭和六一年五月一三日に提起されたものと解すべきところ、原告に対し審査決定が送達されたのは昭和六〇年九月一四日であるから、本件訴えは出訴期間を徒過した不適法な訴えというべきである。

5  仮に右2が訴えの変更にあたるとしても、新請求と旧請求はそれぞれ異なる行政主体が行う異なる行政処分の取消しを求めているから、新請求を当初の訴え提起の時に提起されたものと同視しうる事情がなく、出訴期間遵守の有無は右訴えの変更時を基準にこれを決すべきである。

三  本案前の主張に対する反論

原告は、本件審査申出の段階から一貫して本件評価額の不当性を争って被告にその救済を求めており、本件請求の趣旨の変更は被告に対する請求を正確なものに訂正したものであり、訴訟物の同一性もある。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4(一)は争う。

3  同4(二)のうち、本件建物が昭和五五年建築の事務所、居住用のビルであることは認め、その余は争う。

4  同4(三)は争う。

5  同4(四)(1)のうち、河野書記が原告主張の資料を作成し、口頭審理の際に評価委員に提示したこと及び右資料が口頭審理の正式な資料とされず、原告に提示されなかったことは認め、その余は争う。本件資料は口頭審理前に河野書記が被告の委員に対して原告側の審査申出内容を説明するための資料にすぎず、口頭審理において特に意味をもつものではない。また、そもそも右資料については、必ずしも口頭審理に上程することを要しない。

6  同4(四)(2)の事実のうち、本件口頭審理が一回の審理だけであったこと及び実地調査が行われなかったことは認める。原告が充分な反論の機会が与えられなかったことは否認する。

7  同4(五)は争う。

五  被告の主張(本件審査決定の適法性)

1  固定資産評価基準の法的拘束力について

(一) 昭和三七年法律第五一号による改正前の法第四〇三条一項の、「市町村長は、・・自治大臣が示した評価の基準等に準じて固定資産の価格を決定しなければならない。」との規定が、同改正法によって、現行の、「市町村長は・・法三八八条一項の評価基準によって固定資産の価格を決定しなければならない。」との規定(法四〇三条一項)に改められた改正経過及び現行法の文言に照らせば、固定資産評価基準に法的拘束力があることは明らかである。

(二) また、右のように解しても、憲法八四条には反しない。憲法八四条は、あらたに租税を賦課するには法律又は法律の定める条件によることを必要とすると定めており、同条の趣旨を徹底する観点からは、できるだけ法律で規定するのが望ましい。しかし、租税法の対象とする経済事象は極めて多種多様であり、しかも激しく変遷していくので、これに対応する定めを法律の形式で完全に整えておくことは困難であり、現実に公平課税等の租税原則を実現するために具体的な定めを命令に委任し、事情の変遷に伴って機動的に改廃していく必要がある。それゆえ、課税上基本的な重要事項は法律の形式で定め、具体的・細目的な事項は命令の定めるところに委ねることは、憲法上許容されていると解される。

固定資産税の課税標準については、法三四九条一項で明記し、単にその具体的・細目的・技術的な算定基準を自治大臣の定める評価基準に委ねたものにすぎず、合憲である。

2  原告主張の通達の合憲性

右通達は、固定資産評価基準第2章第4節一及び二により自治大臣が別に定めたものであり、右評価基準と一体になったものである。したがって、法律の委任に欠けるところはない。

3  本件評価決定の適法性

(一) 建物の固定資産評価は、評価基準に従って、建築費評点数に経年減点補正率及び自治大臣の指示する評点一点当たりの価格を乗じて求められる。この方法は評価の対象となった家屋と全く同一のものを、評価の時点において、その場所に新築するものとした場合に必要とされる建築費(再建築費)を求めるものである。

本件建物は、非木造家屋であるから、評価基準第2章第3節二の規定を適用して、別表第12非木造家屋再建築費評点基準表により昭和五九年度における本件建物の再建築費評点数を求めると一三八、八六七、八〇〇点となる。これは昭和五八年度及び昭和五九年度における評価替え事由がないことから昭和五七年度の再建築費評点数と同じである。次に、評価基準第2章第4節二の経過措置を適用し、右評点数に再建築費評点補正率1.07を乗じて昭和六〇年度の再建築費評点数一四八、五八八、五四六点が求められる。そして、右数値に経年減点補正率0.7821(同別表13、本件建物は昭和五五年建築の鉄骨鉄筋コンクリート造であるから経過年数五年の率となる。)及び自治大臣の指示による評点一点当たりの価格(広島市は1.1円)を乗じて昭和六〇年度の理論評価額一億二七八三万〇七二六円が算出されるが、評価基準第2章第4節三により、昭和五九年度評価額一億一〇八七万〇二〇〇円が据え置かれる。

したがって、広島市長が決定した本件建物の昭和六〇年度評価額一億一〇八七万〇二〇〇円は適正である。

4  請求原因4(二)に対する反論

(一) 固定資産税は、固定資産そのものの有する資産価値に着目して課される物税ゆえ、建物の収益力の低下は固定資産評価基準上考慮すべきではない。

(二) 損耗減点補正率の適用について

通常の維持管理のもとにおかれた家屋について、その年数の経過に応じて生ずる減価については経年減点補正率の適用によって処理される。損耗減点補正率は、天災、火災、その他の事情により、経年減点補正率の適用によることが適当でないと認められる場合に例外的に適用される補正率である。本件建物については、天災、火災等に匹敵する程度の特別な損耗は認められず、損耗減点補正率を適用する余地はない。

(三) 需給事情による減点補正率の適用について

需給事情による減点補正率は、建築様式が著しく旧式となっている家屋、所在地域の状況によりその価額が減少すると認められる家屋等について適用される補正率である。本件建物は昭和五五年に建築した鉄骨鉄筋コンクリート造りの建物であり、建築様式が著しく旧式とはいえず、また、本件建物の所在する地域は家屋の価額が減少すると認められる地域に所在しているともいえない。したがって、本件建物には、需給事情による減点補正率は適用されない。

原告主張の日照による収益力の低下については、広島県内はもとより、高層建築物が林立する地域を多くかかえる東京都、政令指定都市のような大都市においても需給事情による減点補正率が適用されている例はないのは、右結論を前提に運営されているものである。

仮に日照による収益力の低下につき、需給事情による減点補正率が適用されるとしても、本件建物についての日照低下の程度は低い。また、本件建物は広島市の中心部に位置しており、都市計画法上の商業地域及び防火地域に属し、建築基準法上の建ぺい率は一〇〇パーセント、容積率は六〇〇パーセントとされ、経済企業活動が非常に活発な地域であるうえ、交通、上下水道等の施設も整い、極めて生活の利便性の高い地域にある。このような地域においては、若干の日照低下の事情のみによっては、需給事情による減点補正率が適用される余地はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本案前の申立てについて

原告は、昭和六〇年一二月一二日提起の訴状で、請求の趣旨として、被告は原告に対し、本件建物について昭和六〇年度固定資産評価決定額一億二七八三万〇七二六円を取り消し、七〇〇〇万円とすると記載していたのを、同六一年五月一三日、本件審査決定を取り消すとの内容に変更する旨の準備書面を提出し、訴えの交換的変更をしたが、原告は右訴状に請求原因として、「被告は昭和六〇年九月九日原告の審査の申出を棄却する旨の決定をしたが、同決定は違法であるから取り消されるべきである。」と記載して右決定をした被告を相手方として訴えを提起したのであるから、また、固定資産評価額に不服があるとき審査申出後は被告の決定に対する取消し訴訟によってしか争うことができない(法四三四条)ことからしても、請求の趣旨としては当然に審査決定の取消しを求めるべきであったが、原告は誤って右のように評価決定額の取消しを求めていたので、請求原因に合致させるとともに適法な訴えに変更したものといえる。右訴状の記載、経過等からすると、原告は訴え提起の時から被告に対し本件審査決定の取消しを求める趣旨を表明していたということができるから、訴え変更後の本件審査決定の取消しの訴えは、出訴期間の関係においては、当初の訴え提起の時から既に提起されていたものと同様に扱うべきであり、出訴期間の遵守に欠けるところがないと解するのが相当である。

第二本案について

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二〈書証番号略〉によると、広島市長は固定資産評価基準を適用して本件建物の価格を決定したことが認められるので、先ず、右評価基準の法的拘束力について判断する。

1  固定資産評価基準は自治大臣が法三八八条一項に基づき定めた告示であり、法四〇三条一項は、市町村長は右評価基準によって固定資産の価格を決定しなければならない旨を規定している。右規定は昭和三七年改正前の法四〇三条一項が、市町村長は自治大臣が示した評価の基準並びに評価の方法及び手続に準じて固定資産の価格を決定しなければならないとしていたのを改正して定められたものであり、右現行の規定及び右改正経過からすると、市町村長は固定資産評価基準によって評価することが義務づけられているといえる。

2  憲法九二条は地方自治の基本原則を、同九四条は地方公共団体の権能を定めているが、その具体的内容は法律で定めることとされ、市町村の課税権については法二条により地方税法に定められている枠の中で認められている。したがって、地方税法で固定資産税の課税標準を固定資産の適正な時価とし、その評価の方法等については自治大臣の定める固定資産評価基準によると定め、右評価の方法等について詳細に定めて市町村長の裁量を入れる余地がないものにしたとしても、右自治体の有する課税権そのものを何ら否定するものではなく、また、右評価基準により評価させる趣旨は、全市町村を通じて評価の均衡適正化をはかるものであり、固定資産評価基準により評価することを市町村長に義務づけたとしても、何ら地方自治の本旨に反せず、憲法九二条、九四条、法三条に違反しない。

3  憲法八四条は租税を課すには法律又は法律の定める条件によることを必要とすると定めているが、課税上基本的な重要事項は法律で定め、細目的事項は命令などに委任することも許容していると解すべきであるところ、地方税法は固定資産税の課税標準を適正な時価と定め、その細目的・技術的な事項といえる右適正な時価の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続を自治大臣の告示に委任したものであるから、右委任に基づき定められた固定資産評価基準は憲法八四条、法三条に違反しない。

4  現行の固定資産評価基準は、第4節経過措置の中で、評点一点当たりの価額算定の基礎となる金額及び再建築費評点補正率について自治大臣が別に指示することを定めており、これに基づき原告主張の通達が発出されているが、右通達は右評価基準の定めている評価の方法そのものを変更するのではなく、前年の価額に据え置かれている家屋について適正な価額に補正したり、再建築費について単に時点修正するだけのものであって、極めて限定された技術的な事項について通達に委任しており、法三八八条一項が自治大臣の告示に委任した趣旨を逸脱するものとはいえないから、右通達は右評価基準を補充する効力を有するというべきである。したがって、右通達は原告主張のように憲法八四条、法三条に違反するものではない。

5  固定資産税の課税標準は適正な時価とされ、法三八八条一項はその算定手続及び方法の作成を自治大臣に委任し、固定資産評価基準が作成されたのであるから、その評価基準が右適正な時価を算定する基準ないし方法として不合理なものであれば、右評価基準に法的拘束力を認めるのは相当でない。原告は、本件建物は前回の昭和五七年より古くなり、しかも建築費が下降しているのに評価額は高くなっている、日照阻害による収入の減少及び建物の価値低下が考慮されていない点を指摘して評価基準の不合理性を主張しているともいえるので、これらについて検討する。

(一) 〈書証番号略〉及び証人河野哲朗の証言によれば、国民生活センター及び建設工業経営研究会がそれぞれ調査した標準建築費指数を基に昭和六〇年度固定資産評価基準の再建築費評点基準表の積算の基礎となる昭和五五年一月から同五八年一月までの間の広島市における建築費についてみると、右のいずれの指数によっても昭和五八年一月の方が同五五年一月より建築費が上昇していることが認められ、右の間において原告主張のように建築費が下降している事実を認めるに足りる証拠はない。

建物が年数の経過により古くなって減価しても、それ以上に建築費が上昇すれば、在来の建物についてもその資産価値は上昇する。固定資産評価基準によれば、年数の経過によって通常生じる減価については経年減点補正率基準表によって補正され、本件建物の場合建築後五年経過していることは当事者間に争いがないのでその補正率は0.7821、昭和五七年の前回の評価の時は建築後二年経過していたので補正率は0.85であったから三年間で約八パーセント(=1−0.7821/0.85)減価される。一方建築費の上昇による補正は非木造家屋についてその率を1.07とされている(〈書証番号略〉によれば、昭和五五年一月から同五八年一月までの建築費の上昇が過去に例をみない極めて低率で安定的に推移しているとして昭和六〇年度の評価替えは再建築費評点基準表の改正は行わず、再建築費評点補正率という一定率を現行の再建築費評点基準表によって付設された評点数に乗ずる方法によって実施することとされ、非木造家屋については右の期間の建築費が七パーセント強上昇していることを考慮して、右補正率が1.07と定められたことが認められる。)が、建築費の上昇より経年により減価される割合の方が大きいので、本件建物の場合今回の評価額(据置措置適用前のもの)の方が前回のそれより低くなっている(弁論の全趣旨によれば、前回も、計算上の評価額は一億二九八四万一三〇〇円であったが、据置措置により昭和五六年度評価額と同額の一億一〇八七万〇二〇〇円に決定されたことが認められ、そのため、その評価額よりは今回の右評価額が高くなったのである。)。建築費の上昇が比較的に安定していれば、このように経年により評価額が低下する仕組になっており、原告主張のような不合理はない。

(二)  固定資産評価基準によれば、建物の損耗の状況による減点補正のほかに、建築様式が著しく旧式となっている家屋、所在地域の状況によりその価額が減少すると認められる家屋等について、その減少する価額の範囲において需給事情による減点補正率を求めて、減点補正を施すこととされている。

これは、建物の価額は建物の損耗以外の事情によっても減価することがありうることを前提に、建築様式が著しく旧式となっている家屋や所在地域の状況によりその価額が減少すると認められる家屋のように減価要因が客観的に把握され、需給事情に影響を与えることが明らかな場合には減点補正を施すことを定めたものと解することができる。したがって、日照阻害についても、日照が殆ど全部阻害され、そのため、同じような地域にある他の同種の建物と比較し、当該建物については需給事情に影響を与え、その結果その価額が減少していることが客観的に明白に認められる場合には、固定資産評価基準の右定めにより減点補正を施すべきであると解するのが相当である。法三八八条一項で固定資産の適正な時価の算定の方法等について自治大臣の定める固定資産評価基準に委ねた趣旨からしても、法は建物の価格形成に影響を与える一切の要因を考慮して評価額を決定することを要求しているとは解されないのであり、固定資産評価基準は日照阻害について前記程度に至っている場合には考慮することとされていると解することができるから、原告主張のような不合理はない。

(三) 家屋の評価は再建築価格を基準として評価する方法が取られているが、これは、賃貸料等の収益を基準として評価する方法は個別的な種々の事情に大きく影響されて適当でなく、その他の評価方法にもそれぞれ短所があるのに対し、再建築価格は家屋の価格の構成要素として基本的なものであって、その評価の方式も比較的容易であることから採用されているのであり、したがって、このため家屋の収益力の低下が考慮されないことになっても特段不合理であるとはいえない。

(四) その他本件建物の価格算定の基準として固定資産評価基準が不合理であることを窺わせる事情は認められない。

以上により固定資産評価基準は法的拘束力を有するということができる。

三そこで、次に、広島市長は固定資産評価基準に従って本件建物の価格を決定したかについて判断する。

固定資産評価基準によれば、家屋の評価は再建築費を基準とし、これに当該家屋の時の経過によって生ずる損耗状況による減価並びに必要に応じて更に需給事情による減価を考慮して算定されるが、具体的な計算は、各家屋に評点数を付設し、これに減点補正率及び評点一点当たりの価額を乗ずることによって評価額が算出される。

本件建物の場合、再建築費評点数は、固定資産評価基準第4節に定める経過措置により、同第3節一の算式によって得られる再建築費評点数一三八、八六七、八〇〇点(〈書証番号略〉及び証人有馬秀一、同山田芳敬の各証言並びに弁論の全趣旨により同評点数になることが認められる。)に再建築費評点補正率1.07を乗じた一四八、五八八、五四六点となる。天災、火災その他の事由による特別の損耗を認めるに足りる証拠はないので、損耗の状況による減点補正率は、非木造家屋経年減点補正率基準表(評価基準別表13)により、前記のように0.7821となる。

次に、原告は日照条件の悪化による本件建物の価値の低下を主張しているので、これが需給事情による減点補正を施すべき場合に当たるか否かについて検討する。

〈書証番号略〉及び右原告代表者本人尋問の結果によると、本件建物のある場所は広島市の中心部にあって商業地域に指定されているが、本件建物の南側には隣接して五階建の藤原ビル、その南側に木造二階建の建物、その南側に五階建の丸新ビル、その南側に一〇階建の山陽ビル(本件建物から西側で約三〇メートル位、東側で約二〇メートル位離れている。)があり、東側には右山陽ビルの八階建の駐車塔、北側には幅数メートルの駐車場をはさんで七階建の理研産業ビルが建っているが、西側は道路に面し、その西側は大手町商業高校のプールがある程度で日照を妨げる建物は存在しないこと、右山陽ビル及び東側の駐車塔によって冬至日における午前八時から午後四時までの間の本件建物の日影時間は、西側部分で六時間位東側部分で八時間近くになるが、本件建物の建築前からある南側に隣接する前記藤原ビルによって本件建物の五階位までの日照は相当程度制限されていたこと、原告自身も商業地域であることから右程度の日照阻害は受忍すべき限度内であると考えていることが認められる。

してみると、本件建物は冬期においては相当程度日照の阻害を受けるとはいえ、西側は道路に面して日照を妨げるものは全くないなど本件建物附近の状況及び本件建物のある場所は広島市中心部の商業地域であること等を考慮すれば、右認定程度の日照阻害は、本件建物について需給事情に有意な影響を与えるとは考えられず、前記二5(二)の需給事情による減点補正を施すべき場合には到底当たらない。なお、収益の低下について固定資産評価基準は考慮するようにしておらず、それをしなくても不合理でないことは前記二5(三)で説示したとおりである。

固定資産評価基準及び自治大臣が別に指示する事項についての通達によれば、評点一点当たりの金額は1.1円であるから、本件建物の評価額は一億二七八三万二二一二円(=148,588,546×0,7821×1,1)となるが、昭和五九年度の評価額一億一〇八七万〇二〇〇円(同金額については原告は明らかに争わないから自白したものとみなす。)を超えるから、固定資産評価基準の経過措置によって、昭和六〇年度の本件建物の評価額は同金額に据え置かれる。

したがって、広島市長は固定資産評価基準に従って適正に本件建物の価格を決定したということができる。

四法四〇八条の実地調査を実施せず、法四〇九条四項の評価調書も作成していない違法があるとの主張について

法が実地調査の実施及び評価調書の作成を義務づけているのは、これが固定資産の状況を的確に把握して適正な評価を行うための有効な一つの手段であるとして規定されていると解すべきであるから、右実地調査等をしなかったとしても、それだけで直ちに評価決定自体を違法として取消すべき事由になるものではない。右調査等をしなかったために固定資産評価基準が正しく適用されず、評価額が不適正なものとなればそれを理由として取消されるべきものである。

のみならず、前掲〈書証番号略〉、証人山田芳敬、同有馬秀一の各証言によれば、新築家屋についての実地調査としては、市の固定資産補助委員が現地に赴き、当該家屋の外部及び内部を観察し、所有者から建築確認書や工事請負契約書等を見せてもらったり、所有者に質問したりして、主体構造部の使用資材の数量、品質、各部分の仕上げの状況等について綿密に調査していること、在来家屋の調査としては、年に一度現地に赴いて家屋の状況を外部から観察し、建物の外形図、外部建具の記載されている図面及び間取り図などが記載されている見取り図と建物を照合し、増改築、滅失、一部毀損等の異動が認められた場合その他特に疑義があった家屋については、所有者に対する質問や内部調査を行っていること、評価調書については、自治省令の定めるところにより家屋の所有者、構造、用途、階層、床面積、評価額等を記載した調書を作成していることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがって、右の点に関する原告の主張は理由がない。

そして、前記認定によれば、本件建物について作成された評価調書は右様式で要求される事項は記載されていたと認められる。

以上により、本件評価決定は違法とは認められず、原告の主張は理由がない。

五口頭審理手続における違法の主張について

(一)  被告の河野書記が原告主張の資料を作成し、口頭審理の際に審査委員に提示した事実は当事者間に争いがない。

法四三三条五項並びに広島市固定資産評価審査委員会条例及び同委員会規程によれば、原告は審査に用いられた資料等を閲覧することが認められており、これにより右資料に関する反論、証拠の提出ができるから、被告が右資料を判断の基礎として採用し、審査の申出を棄却する場合でも、右資料を口頭審理に上程するなどの手続を経ることは要しないものと解すべきである。

また、〈書証番号略〉は住宅地図、〈書証番号略〉は本件建物及びその附近を撮影した写真であり、本件審査決定の内容から明らかなように右各資料は右決定の資料とされていない。〈書証番号略〉はくらしの統計であって、原告が反論書(〈書証番号略〉)で引用しており、その内容については原告が承知していた資料である。〈書証番号略〉は、証人河野哲朗の証言によれば、同人が右くらしの統計及び建設工業経営研究会が調査した資料に基づき計算した広島市の標準建築費指数であることが認められる。しかし、本件決定内容に照らせば、被告は右〈書証番号略〉とも広島市長のした本件評価決定の適否の判断の資料としておらず、原告の主張が間違っていることを参考までに指摘するために使用したにすぎないものといえる。したがって、右各資料はその内容からみても口頭審理に上程して原告に反論の機会を与えるのを相当とするような資料であるともいえない(原告はこれらの資料に対し本訴においても何ら反論していない。)。

なお、原告が前記閲覧の請求をし、被告がこれを拒否したことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  実地調査を行うか否かは被告の判断に委ねられているから、右調査をしなかったからといって違法な措置ということはできない。また、実地調査の必要性の判断の資料を原告に提示しなければならないものではない。

(三)  〈書証番号略〉、証人河野哲朗の証言及び原告代表者重岡貴志男本人尋問の結果によれば、被告は原告に対し口頭審理期日前に、広島市長から提出された答弁書及び弁明書を送付し、右弁明書に対して原告は被告に対し反論書を提出したこと、更に、被告は原告に対し口頭審理期日前に、広島市長から提出された再弁明書を送付したこと、右再弁明書には本件評価決定の根拠、計算方法等が記されていたこと、口頭審理期日において、原告代表者重岡貴志男には発言の機会が与えられたことが認められる。

してみれば、原告が充分な反論の機会を与えられなかったという主張は理由がなく、口頭審理手続における違法は認められない。

六以上によれば、本件審査決定は適法であり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉岡浩 裁判官内藤紘二 裁判官柴田美喜)

別紙物件目録〈省略〉

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